理性と性
――男二人の距離が近い事を女支部長は何か思っているようだった。
そう記述された項目をトントンとなぞられ、俺は冷や汗を掻いた。ユウマは今、支部長室から離され、おそらくホール、真ん中の通路が六方向に分かれている場所でアイスでも食べながら待っているのだろう。
「男性同士の恋愛感情について否定はしないし、吊り橋効果なんて話も聞くわ。貴方はおそらく、スリルと恋愛感情との狭間をうろついているのだと思う。貴方たちの距離は傍目から見ていてもなんだか近いの」
「すみません」
「いいえ。いいのよ。寧ろ、それを記してほしいんだから」
はぁ。俺のアホ丸出しな返事に彼女はイラついたようだ。
「ハッキリ言わないと伝わらないかしら? 彼により近づいて、彼について記しなさいと言っているのよ。とくにこの辺……、『――清介はユウマに「女性になれるのか」と問いかけた。彼は暫く逡巡した後、その形を変えて見せた。丸みを帯びた女の体を作り上げた彼だったが、その中心には男根がある。見た目が完璧な女性であるが故に、その姿をおぞましく感じたのだろう。清介は「それは女ではない」と言うと同時に察した。彼は雄なのだと――。』いいじゃない。彼が完璧な雄であることを突き止めてる」
「はぁ」
「貴方、自分では自覚ないみたいだけど、私達は彼が雌雄同体だと思っていたの。貴方の発見は私達にとっても良い事なのよ。だって、『雄』があると言う事は、『雌』がある可能性もあるってことでしょ?」
「はー、どこかに雌が居る可能性があると」
「ええ。それが人類にどういう影響を及ぼすのか研究しなくちゃいけないけど――」
彼女は暫く黙り込んだ。そうして生きた本をなぞる。
「幹部の一人が彼の親であるが故に、その影響についての議論は保護になっているし、彼自身も自分は人類にとって味方であるという姿勢を崩さない。貴方はどう思うの。本によると、正義の味方が人を消すことについての疑問を感じたようだけど」
「違和はありますけど……」
「だからこそより彼について知りたいの。利用価値のある物はとことん尽くして。正義の味方には犠牲が要るの。その犠牲が貴方。……いっそ彼の性処理でも手伝って、そのサンプルでも貰ってきて」
美しい顔で恐ろしい事を言う。頭がスパークした。彼女は俺の知る中で一番残忍な女性だ。彼女は俺と会話していた本の部分を引きちぎった。
どうやって部屋まで帰ったのかわからない。俺はとにかく悶々としていた。彼女に言われたことが頭の中をぐるぐると巡っている。彼の性処理を手伝えなんて、馬鹿な――。
「ゼリー」
彼は従う。「全部」と命令すると、彼は完璧な体を全てゼリー状に変えた。どのあたりが目かわからないが、俺は彼の体に飛び込んでその感触を確かめる。ブヨブヨしていて気持ちがいい。ぷうと息を吹きかけるとぷるぷる震える。ゼリーは俺を包み込もうとする。声は頭蓋から聞こえて来る。
――気持ちがいいですか?
うん。俺は顔だけ動かした。口を開いてゼリーを食べてみようとする。味はない。臭いも、特にない。生暖かい。それだけ。ゼリーの上で浮く彼の服を放り投げてみた。彼はおそらく裸のはずだ。どの辺が男の象徴なのかわからないが適当に揉んでみる。
「なぁ」
塊に話しかけてみた。
「色は変えられるのか?」
塊は真っ黒なコーヒーゼリーから色を変えて見せた。黒から白、白から赤、赤から黄色……。他には何ができる? 問いかけは形を変えて行われる。俺の体を包む。棘を出す、遠くまで伸ばした触手で何かを取る。体を固めてみる――。
「俺の中に入れるか?」
触手が伸びて、止まった。俺の口に伸びたソレは俺の頬を撫でるとさらに細い管を伸ばした。耳にそれが触れると中を這う。彼の声が聞こえる。――入れます。
「人と、性交渉したことは?」
耳から触手が抜けた。無い。と受け取っていいのだろうか。
頭に声が響く。――こんな体を見せることができる人は、居ません。
性交渉には快楽が伴うから、自分の体を保つことができないかもしれないという。完璧な人の姿は彼がそうあろうと思っているからこそ作り上げることができるのだそうだ。
それって、このぶよぶよの塊が本体ってことか。
「じゃあさ、俺とそう言う事するのはどうなんだ?」
塊が動きを止めた。もぞもぞと動くと腰周りがゼリー状の物体で固められる。色は黒く戻っていた。これが元々の彼の色なんだ。ズボンの中にソレが侵入してきた。液体が俺の体を這う、やろうと思えば、「その気」はあるんだ。
だが、彼は撫でるだけでそれ以上に触れない。服を脱いでみた。俺も彼も今は裸だ。ブヨブヨの塊が俺の足に纏わりついて、俺の体を包んだり、離れたり、触手を伸ばしたり……。俺は固まりの一部を掬い上げて自分の性器に導いた。うねうねと動き始めたそれはやんわりと俺を刺激する。「お前のはどこ?」塊を探る俺の手に一際固い触手が触れた。ぎゅうと握ると塊が大きく振動した。先端から液体が零れている。引っ張ると口まで届いた。してほしいように咥えてみる。少し大きい。咥えきれなくて口から離すと触手は僅かに大きさを変えた。頬にソレが届く。先端から零れる液が増えている。俺の口では収まりきらない。重力に任せ、液体は触手の先から根に伝う。軽く噛んで、思い切り吸ってみた。
白交じりの液が溢れて俺の喉を襲った。
咳き込む俺の口からソレは引き抜かれた。塊は未だ俺の体に触れているが、俺は勃たなかった。体に絡みつく塊を除け、「もう終わり」と宣言すると塊が集まり人の形を作った。彼は浅く息を繰り返し、俺を見る目に欲が籠っている。体が白く濡れていた。彼が吐きだした自分の液だろう。
立ち上がり風呂へ向かった。口の中に吐き出された彼の体液を保存するためでもある。俺は口の中にため込んだ彼と俺の唾液混ざった液体を――、とりあえず、キャビネットにある歯磨き用のコップの中に吐き出した。
冷たい手が肌に絡む。背中にべたつく液体が伸びた。完璧に整った顔が肩に載っている。鏡越しに俺を見ていた。呼吸する胸の上下も、心臓の音も聞こえない。ただ、顔は、作られている筈なのに表情がある。顔が俺の口に近づいた。薄く開くと舌が入り込む。この感触は二度目だった。最初に雲が――、彼の体を焼いた時。
「あの時、どうして俺にキスしたんだ」
そういえば、ずっと質問していなかった。ただ、それが俺を救うことであったと、それだけは知っていた。
「煙が貴方の中に入りこむのを防ぐためですが――。あれ以上、私の秘密知られるのが怖かった、とも言えます」
「……でも、お前、俺に皮膚が再生する瞬間を見せただろ」
「あの時、私は目の前の霧に夢中で、貴方を慮っていませんでした」
「だろうな。俺を巻き込んで」
「そうですね。でも、今、こうなれましたから」
幸せのオーラが滲んでいる、気がする。俺は……、俺は目的を果たすために彼に触れたこと後悔した。さっきの行為が命令されて行われたものだと知ったら……。
「洗おうか。体」
「はい」
お湯に濡れた彼の体は美しかった。整った筋肉のついた体をボディソープ越しに撫でてみる。彼の手も俺に触れた。彼の体と比べると自分の貧弱な体が恥ずかしくなる。体を引き寄せられて、抱きしめられて、耳元で「好きとは、こんな感情でしょうか」と質問される。まるで恋人にする会話なんだ。俺はたぶん、そうだよ。と答えておいた。これは吊り橋効果じゃない筈だ。
「よくやったと褒めるべきなんだけど」
翌日、俺から彼の精液と俺の体液混ざったカップを受け取った彼女は嫌そうな顔をしながら部屋から消え、戻ってきた。彼女はユウマを中央ロビーで待たせ、俺に言う。
「DNA検査機が壊れたわ」
「え?」
「DNA情報が多すぎて、正義の者協会で持つDNA検査機でも調査できなかったみたいね」
「はぁ……つまり?」
「貴方の努力は『無駄』になったってことね。でも、面白いこともわかったじゃない? 彼の本体が黒い塊であるとか」
彼女はアッサリ言った。残されたのは生きる本が記した、……とても恥ずかしい文章だけである。
――ゼリー状になった彼の塊は清介の体を包んだ。清介は自ら服を脱ぐとユウマの体を己の性器へと導く。清介はゼリー状になった彼の体をから性器を探しているようだ。遂に聞いた。彼の体に伸びた触手は先端からだらしなく体液を零している。彼は思いきってそれを含んだ。触手は脈打ち塊の色が黒く戻る。清介の口から離れた触手は大きさを変え、また彼の中に入ろうと動いた。塊は清介が触れ、咥内で吸った瞬間に爆ぜた。体液が零れ、受け止めきれなくなった分が落ちる。触手が塊の中に戻り、ユウマが常に形作る美男の姿に戻ると清介は急いで浴室へ向かった。ユウマの体はどこか遠くを眺め、うっとりと快楽を反芻した後、彼を追った。風呂場から声は聞こえるが、何を言っているのかまでは判らなかった――
2015/07/04
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