美しいは価値だ
金の無い俺たちが行ったのは公園だった。
そこしか行くところが無かったとも言える。
鳩に餌をやるおっさんと、噴水で戯れる子供を横目にベンチに座ってぽそぽそと会話する。穏やかな日に男二人、ベンチ、さみしい。
「お前はどうやって生活してたんだ」
栗色の髪の毛は太陽の光が当たってキラキラと輝いていた。彼が纏っているのはワイシャツにスラックス、「ふつう」なのにそれが様になっていた。まぁ、当然、人に好かれるように作られた完璧なのだから、万人からみて完璧じゃなければおかしいのだが。
「家で……」
「そういう呆けはいらないんだ。衣食住、食べる、着る、住むはどうしてたんだって」
「ああ。僕は……いろいろ食べます。服は見まねで、住むは……適当に」
答えになっていない答えだった。だが、彼の話では路傍の石、高級食材、毒のあるキノコ、葉っぱ、水、なんでも食えて、眠るということは意識しないらしい。
「視覚を遮断しても、音はずっと聞こえます」
「ふぅん」
羨ましい脳だと思って、直ぐ撤回した。眠って、起きて、未だ寝ることのできる、あのふわふわした瞬間が好きなのだ。俺はあれが一番好きだ。それを感じられないのは、少しかわいそう。
彼の足元にゴムボールが転がってきた。彼の手がそれを拾うと女の子が取りに来ようとして、ボールを持つ彼を見てもじもじした。彼は立ち上がり女の子にボールを渡すと彼女の母親だろう。女性が会釈する。
「貴方は?」
「俺?」
「はい。貴方はどうするのですか? 衣食住」
「どうしようかなぁ」
目下の悩みだった。金が無ければ着る、食う、住むに困る。一か月は何とかなったとしても、二か月、三か月は? 税金は、ああ、嫌なことばっかり考える。
彼は難しい質問なのかと言いた気だった。そりゃ、どこでも生活できる奴と違って、俺みたいな腰抜けじゃ、道端で寝ようなんて考えたら一日で挫折するだろう。結局俺は腰抜けの腑抜けなのだ。頭の中で自分を自虐して、隣に座る人ではない何かと自分を比べる。比べて――、子供の目が彼に注目し始めていることに気付いた。
「おい」
「はい」
「いち、に、さん、で立つぞ」
「はい」
彼は俺の言う事に従う。いち、に、さん。で立ち上がって俺たちは公園を出る。公園から離れ、人の中に紛れると俺たちは途端に道を歩く通行人の一人……。
なのだが、スーツを着た男が彼を止めようと動く。目の前から手をパーにした男が人を掻き分けてにやにや笑いながら近づいてきた。ありゃあ何のスカウトか、ホスト? 芸能事務所? どっちでもいい。コイツが入ればお金にはなるでしょう。でも、コイツはそれ以上の価値があるんです。
俺はすいっと男の隣を避けて歩いた。男は彼の腕を掴んだようだったが、彼の腕は霞の様に消え、そしてくっついた。すぐ俺の後を追う。スカウトらしきスーツの男は不思議そうに自分の手を見た後、負け惜しみのように何か叫ぶのだった。
「上手ですね」
「ん」
「人を避けるのが」
「慣れるもんだよ。それなりに生活してたらさ」
金を使わず行ける場所というのはそれなりに限られてくる。一駅、二駅分あるいただろうか。神社に近い道に居た。この辺なら観光だと理由が付く。歩くのに理由が要るだろうか。俺は、横を通り過ぎるサラリーマンが忙しくしているのが羨ましくてたまらなかったのかもしれない。俺も、忙しい理由が欲しいんだ。
「先輩?」
声に聞き覚えがあって振り返った。
振り返って、真っ直ぐ歩き続ければよかったと思った。アイスクリーム片手に歩く女子集団の一人にあの、バイトの、ストーカーが居るかどうか確かめてくれと頼み込んだ女の子が居たのだ。名前は確か、「麻衣子」だったと思う。彼女は俺を認めると女の子達と一緒に近づいてきた。
「ヤッパリ先輩?! ……と、あの時のストーカー!!」
彼女の声に黄色い声が湧いた。俺と彼は女の子に囲まれた。イケメンの彼を囲う理由はなんとなくわかるが、何故俺も?
「先輩、どうして彼と?」
「あー……」
彼女の顔は面白いものを見つけた時の子供に似ている。キラキラとしながらも、それが欲しいと野心にあふれた顔だ。ストーカーと友達になった理由を教えてほしいんだ。
言えるか。動かない雲から守ってもらったなんて。
「やっぱり殺人容疑の時に無実を証言したのがきっかけ?」
ああ、そっちを言えば良かったんだ。
「ねぇ、なんでストーカーされてたの?」
彼女たちは話しかけ易い方に質問してきた。つまり、俺。
なんでそこで俺に質問するかなぁ、コイツに質問しても困るけど。
「あー……、母さんがさ、俺がしっかりしてるかなぁって、雇った探偵なんだよコイツ」
「えー」
期待外れの答えだったのか、彼女たちは不服そうな声を上げた。どんな答えなら正解だったんだ。コイツは殺し屋で、死闘の末俺と行動を共にするパートナーになりました。とか?
横目で見た彼は……騒ぐ女の子が握っていたソフトクリームに指を伸ばした。すぃっと先端を掬い上げて、口に含む。時が止まった。絵になるんだが、非常識っつーか。
「おいしいね。これ」
だが、褒め言葉に弱かったらしい。にこり、と笑う彼に非常識の行動は愛嬌へと変化する。味の違うソフトクリームをこれも、これもと差し出す女の子たちに勧められるがままに、クリームを指で掬って味わっていく。舐めた後に笑うのがまたいい。いいなぁ、イケメンは。
「先輩」
「あ?」
「彼、何も食べて無いの?」
あ。
女の子が勧めるがままに食べていたものだから、おそらくソフト二、三本になるであろう量を味わっていることになる。「痩せの大食いなんだよ」とその場を繕って逃れたが、麻衣子は帰り際、
「先輩にちゃんと奢って貰いなね!」
と余計なひと言を言ってくれた。
幸いな事に、「奢る」とは何か。彼は理解していなかったようだが、ソフトクリームが甘くておいしいってことだけはインプットされてしまったらしい。露店で子供がソフトクリームを渡されているのを見て、人差し指を舐める仕草をする。
俺はそれに負けた。
片手にコーンを持ち、クリームの部分を掬って舐める彼は、まぁ、愛らしい事。いいなぁと俺が羨むこと多数。形が綺麗と言うのはお得いっぱいだな。俺だって、スーパーできれいな形の果物とか、野菜とか、選ぶもんなと自己反省。
クリームが無くなったコーンをゴミの様に捨てようとするので、それも食える。と教えたところ、包み紙も食うのはマイナスだが。
「幸せそうで」
「はい。嬉しいです」
ああ、そうかい。俺は財布がさみしい。彼は指から腕にクリームが垂れていた事に気付くと舌を出してそれを舐めた。
まったく。金を使うつもりじゃなかったのになぁ。
俺だって食い意地は張っている方だ。今だってぺこんと腹の虫が鳴っている。そろい始めた屋台の出店にそういえば、桜が咲き始めたんだと季節を思い出す。歩きながら辛抱たまらなくなり、たこ焼きを一船だけ買って。男二人で半分ずつ食べた。
食い足りない。冷蔵庫の中身を漁る。送られた蕎麦はもう無くなってしまった。またパンでも食うかと立ち上がり、パンが無い事に気付いた。スナック菓子……、あ、最中がある。
最中を持ってリビングに戻った。彼は俺の手を見て、「モナカですね」と言う。
「最中は知ってるんだ」
「はい。坊ちゃんが好きだったので」
「坊ちゃん?」
「はい。私の、父の坊ちゃんです」
彼の顔が嬉しそうに歪んだ。彼の父には息子が居たらしく、その息子は和菓子が好きだったらしい。だから最中は知ってる。と。
「僕は彼にゆぅちゃんと呼ばれていました」
「ゆーちゃん?」
「はい。僕は“ユウマ”だそうなので」
「ユウマ、ねぇ」
それってもしかして、UMAのことなんじゃないか?
俺は口に放り込みかけた最中を半分に割って彼……ユウマにくれてやった。ほんのりとした和栗の味が俺の腹を癒す。
「栗」
「ああ、うん。クリ」
「父の名が栗木と言うのです」
「ああ、そうなんだぁ」
彼は思い出を楽しそうに話していたが、俺はなんだか疲れていて、対応が酷かったような気がする。床の上で横になる、空腹を訴える腹と脳で、明日から仕事探さなきゃとぼんやり考えていた。
2015/04/18
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