世界No.0001969663と偉大なる腐敗


 再び皆さんにお会いできて嬉しいです。早速ですが、私の手の先で示した方を見て下さい。顔に触手のある、肌が緑色に輝く種族が座っていますね?
 今日は“彼ら”がやって来る切欠になった異世界の話をしたいと思います。
 彼らには明確な種族名がありません。協会では一応の分類名として“コラデンポビアヌ族”と呼び、彼らにもそう呼ぶ事を通知、許可をとっています。
 コラデンポビアヌ族は世界番号、百九十六万九千六百六十三番に住む我らの世界に対して友好的な異世界からやって来た種族です。
 コズミックホラー映画に出てきそうな見た目をしていますが、造形が違うだけで、中身は我々と大きく変わりありません。寧ろ、彼らは人類が進歩した姿の一つであると考えられています。コラデンポビアヌ族の世界を調査した時のことを、今日はお話したいと思います。

 コラデンポビアヌ族の存在を知ることになったのは彼らからのメッセージでした。地球には存在しない、緑繊維を持つ紙に、英語、ラテン語、フランス語、中国語、それから、我らが未だ知らない異文で「連絡求む」と書かれていたのです。
 我々は手紙に纏っていたアンオブタニウムの残滓を辿り、空間を探りました。光の隙間が開け放たれている場所に潜り込むと、その場所に彼らの代表者が立ち、我々を待っていたのです。
 黒いローブを纏い、真っ黒な瞳に虹色の光を讃えた――、螺鈿細工ってわかりますかね。携帯電話のある人は検索してみてほしいのですけれど、その螺鈿細工に似たキラキラと光る反射する瞳と緑の肌、頬から顎にかけて蠢く触手を持った彼らは不明瞭な英語で私たちに挨拶してくれました。
「ようこそ、異世界の方」
「初めまして、我々はアナタの手紙を受け取った組織の者です」
「“アナタ”が私を言うならば、それは私が出した手紙です」
 コミュニケートは完璧とはいえませんでしたが、手紙が出されたのはこの世界で間違いは無さそうでした。
 私はあまりそう感じなかったのですが、同行した女性の同僚はこの世界に怖さを感じたようでした。歩くたびに草が「グェ」とか「ギェ」とか悲鳴のような物を上げるし、空は常に暗く、空に浮かんだ月の役割を果たす星からは、常に液体のような光を迸らせている。
 生えている植物も不気味と言って遜色ないものが多くありました。曲がりくねった枯れ木の外側に、焼けただれた人の皮膚のような赤と肌色の実が垂れ下がる。この植物、食べられるし、味は悪くないんですよ。この世界、今、私が話をしている皆さんの価値観では、見た目がそれはそれは悪いだけで、少ない光から地表、地中の栄養を蓄えるために、次から次に実を落とすのですが、実の柔らかな部分が、雫のように落ちる時、焼け落ちた肌が崩れるように見えてしまうのです。
 ……この説明だけでは、この世界が恐ろしい場所に聞こえるかもしれません。私はホラー映画を見るのが大好きとは言わずとも嫌いではないので、どんな場所に案内されるのかワクワクしていたんです。貝を磨いたという美しい小道を進むと、古代ローマ建築で良く見られる柱が見えました。その柱の間を潜ると、彼らにそっくりな姿をした“腐敗の神:コラデンポビアヌ”が座する神殿の中央に行きついたのです。
 
 神、コラデンポビアヌについて話をしておきましょう。コラデンポビアヌ族は以前、人間に飼われる家畜の一つだったのだそうです。牧場で飼われていた彼らの祖を、ギャンブルで負けたある主人が、酔っ払った挙句に犯し、その結果誕生した子が“祖神コラデンポビアヌ”となった、そう口伝されています。
 コラデンポビアヌの存在は隠し通されましたが、ある時、この地で大規模な内戦が起こります。祖神の戦いと彼らが呼んでいるその戦いは、コラデンポビアヌが家畜の世話をする為に使われていた農具で敵軍をなぎ倒し、初めてその姿を世間に晒した伝説の戦いとなりました。
 この地を救ったコラデンポビアヌの存在は恐ろしくも畏怖の対象となり、その血と新たな進化の為に家畜であったコラデンポビアヌ族と人が交わる新しい種族の誕生に繋がることになりました。面白いですよね、ギャンブルの負けが偉大な文明を生んだのですから。

 彼らの神殿は遮音性と保温性に優れ、外組織から責められにくい構造になっていました。外にある、悲鳴を上げる草も、敵がこの神殿に近づいて来た時に気付きやすい、罠の一つとして機能します。話を聞けば、悲鳴がしない草を刈り取った結果、残ったのが悲鳴を上げる草だそうなので、草にとっては悲鳴を上げることは生存するための知恵だったのかもしれません。この草は食べられる部分が少なく、小さな棘が生えているため、食用には向きません。
 神殿に迎え入れられた私たちは、コラデンポビアヌ族のささやかな歓迎を受けました。その地域で育つ“胃の実”、本当に胃のような形をしている実が生えているのですが、この胃の実と赤い水を一杯。コラデンポビアヌ像の前で食しました。赤い水は水の中に含まれる微生物の影響で赤く見えている事が解っています。健康に害はありません。

 ささやかな歓迎を受けた後、私たちは漸く本題に取り掛かることができました。「連絡求む」と連絡してきた彼らの意図です。私たちは受け取った紙を見せ、この手紙の意図を尋ねました。
 コラデンポビアヌ族の代表は、「この世界が500年持たない」と私に告げました。
 世界の崩壊には様々な原因があることはお話しましたが、コラデンポビアヌ族が世界の崩壊を悟ったのは、その世界に“預言者”と呼ばれる存在が現れたことでした。
 彼……、コラデンポビアヌ族は人型の預言者が、雄なのか雌なのか解らないそうなので、彼としますが、彼はコラデンポビアヌの神殿に現れ、世界の異常を解き、消えていったそうです。
 彼は「この世界がある様に、別な世界もあり、別な世界には別な人間が生き、私が居た世界もあって、私が生きている証明と、私が居た証明が、私の証明を、私ゆえに、そこにあって、私のもので、私がここに現れ……」と繰り返していたそうなのです。
 コラデンポビアヌ族は対話を試みようとしたそうですが、近づけば離れ、奇妙な言葉をわめき散らしながら抵抗し、その中でコラデンポビアヌ族の終末を預言したそうなのです。
「この世界は介入、私、世界によって、消えて、私故の、崩壊、私が千年持たず、私が、壊し、私が、私が……」
 彼が世界から消えた後、一族は世界について話し合いを行い、崩壊までの期間について調査を行いました。彼らは世界を移動する方法と、その危険性について知っていたので、調査の結果、500年後に世界が崩壊を始めることに気付いたのです。

 彼らがアンオブタニウムをまぶした手紙だけを、時間と空間を移動する光の海、光海の中に放流したのは、ボトルメールを海に流すような懸けだったと語ってくれました。誰かが自分たちの現状に気付き、光海を移動して自分たちの世界、コラデンポビアヌ族が生きる異世界を見つけてくれるのではないかと願いを込めてのことでした。
 彼らが協会にやって来て、この世界、彼らにとっての異世界について学ぼうとしてくれているのは、自分たちが生きる世界を延命させるためだと言っても過言ではありません。中には古い体を新たなものとする為に“転生すること”を決意した者もいます。異世界に向かう理由にはこのようなものもあるのです。

 彼らの世界は正義の者協会が守る……とまでは言いませんが、延命できるよう活動しています。先ず、世界の崩壊原因を突き止め、世界が壊れる事でどのような影響があるのか調査をし、影響を受ける世界の被害を最小にとどめる。今できる最良の対策です。
 コラデンポビアヌ族の世界は協会とのかかわりによって、その寿命を500年から600年に100年延命することに成功しています。成功の理由はコラデンポビアヌ族に外部から干渉しようとする異世界の影響を最小限にとどめた事でした。光に干渉することで屈折を変え、世界の隙間を移動させたことで、外部世界からの影響被害を抑えることに成功したのです。
 この作戦は現在も続いています。彼らの世界が落ち着くまで続くことでしょう。コラデンポビアヌ族は今も祈りを捧げながら、農業と世界の記録作業を続けています。一部の勇気ある者が世界の代表として、協会に来て、共に勉学し、世界を救う事を決め、迫りくる崩壊と戦っています。

 異世界を保つことは我々の世界にどのような影響を及ぼすのか、壮大すぎる作戦に結果を思い浮かべる事が難しい人も多いでしょう。でも安心してください、私でも、全ての行動がどのような結果を生んでしまうのか、解らない時があるのです。
 何回も繰り返しますが、異世界に向かう時の大きな注意は、異世界に向かった先で起こした行動が世界を生かす事にも殺す事にもなるということです。協会には世界の崩壊をとどめる為の作戦を考えるプロが揃っています。もし、異世界に向かった先で大きな失敗をしてしまっても、包み隠さず、素直に話して下さい。時に、皆さんの記憶を差し出す事を求める可能性もあります。
 プライバシーの観点から拒否反応を示す人もいますが、とても大事なことなのです。これから異世界に向かってみようと考えている人は、必ず『異世界転送“壱”転送前下準備』の事前準備編にある書類一覧の、異世界転送申請書類にサインすることになると思いますが、どうか覚えておいてください。

 ところで、彼らの世界が何故崩壊し始めているのか、恐らく気になっている人も多いと思います。その原因となっているものはコラデンポビアヌ族の住む世界ではなく、“外部”にあります。外世界が無理に世界を広げようとした結果、コラデンポビアヌ族の住む世界の原子を吸っているのです。彼らの世界が持つ原子が他世界に流れ、修復するよりも早く、吸い出されてしまっているのです。
 私たちが世界をずらすことで彼らの世界をその対象から外すことは容易ではなく、いずれ原因を探り当て、干渉を止めなければなりません。
 もしかしたら、原因となる外世界は今我々が居るこの世界にすら影響している可能性もあるのです。


2019.11.03

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