先生と私
2.お久しぶりです
騒動が少し落ち着いた秋ごろの話になります。私が玉手君の運営するホームページサイトでギャラリー明通で起こった「死ねクソジジィ事件」を記したところ、それまで片手で数える程度だったアクセス数が三桁になったと玉手君が喜び、連載を提案された為、私はまたパソコンに向かいこの文書を記しています。
前回から数か月経ったことになりますが、皆さまはお元気でしょうか?
私はそれほどITに詳しいわけではありませんが、ホームページのアクセス数が片手で数える程度というのは仕事上のブログにしては少ないのではないでしょうか?
それでも玉手君はネット上にも芸術は進出すべきと訴えており、毎日とは言いませんが中々良い話を書いている日もありますので、宜しければ彼の日常ブログにも目を通してみて下さい。
私のお気に入りの記事は、ラーメン屋のコンビニエンス化について調査するために一日五件の店を巡ったというおぞましい記事です。ラーメン一つのカロリーが八百から千キロカロリーだとしたら、間をとった九百キロカロリーだとしても四千五百キロカロリーを摂取したことになります。
読んだだけで腹が一杯になりました。
私は先生とミチルさんの話し合いが和解に至らず、胃の痛い日々を過ごしています。ただでさえ食事が喉を通りませんので、玉手君の記事が私の腹に調度良いのです。
最初からこの話し合いに着地点は見えて居なかったのですが、最初の話し合いから一週間後、二度目の話し合いで先生がミチルさんの弁護士に対して、
「アイツにくれてやれるものはオレと日比野のポルノビデオだけだ」
と挑発するようなことを言ったものですから先生側の弁護士さんから提案している和解金の額が増えました。
私と先生の関係を邪推する方が時折いらっしゃると耳にしますが、私と先生はそういう関係ではありません。肉体関係は無く、ブロマンスなものと言えばよいのでしょうか、寝台で体を密着させることはありますが、それ以上はないのです。一人寝が寂しいので抱き枕を抱く、それ位の感覚であると思われます。
時折に私と先生を美術館外で見かけた方が、先生の荷物を幾つも持ち運ぶ私を見て愛を語るそうですが、私が先生の荷物を持ち歩いているのは、先生の指が折れたら仕事にならないが故の気遣いです。
機械音痴の先生が絶対読まないであろうからこの場所で認めますが、先生が指を折り、腕を折り絵が描けなくなったら、それこそミチルさんの言う「クソジジィ」になります。私が知る先生を付け加えるとするならば「パワーハラスメントクソジジィ」です。絵を描くことで社会と繋がりを持っている先生からそれを奪い去る可能性があるものは一つでも二つでも減らした方がよいのです。重たい荷物を持たせないのも助手である私の仕事です。
恐らく先生の荷物を抱えている私を見たその日と言うのは、『華山魁 花の世界』のプレミア公開準備が行われて居た日だったと思います。公開前にトラブルがあり、先生の作品の一部に傷がついたと連絡がありましたので、作品修正の為にお邪魔することになりました。
傷がついた作品は北の国にありますラベンダー畑を描いたもので、右下隅の方に移動中についたと思しき傷が確かにありました。当初使われていた調合されたラベンダー色に加えて、コバルトブルー、ホワイト、ロイヤルライラック混ぜた複雑な色が加わった作品に加筆されました。
以前の作品が傷ついてしまった、それは残念ではありますが、新しい色と筆の流れも旧品に立体産む不思議な演出となりましたのでどうかご来場いただけたらと思います。
この色変更には少し理由があって、この作品を描いていた当初、先生の手元にあったのがラベンダー色だけだったのです。
事件について書いた時、アシスタントの募集について言及したことがあったかと思います。このラベンダー畑を描いていた頃、一人アシスタント候補にやって来てくれた青年が居て、私が鳳先生と電話でやり取りをしている間に画材補充の為、買い出しに出て貰いました。
絵具の調合の出来不出来は作品の最終的な仕上がりを決めると言っても過言ではなく、先生は先生独自の複雑な基準を持っているようです。私にそれを話すこともありますが、私の混ぜた絵具と先生の混ぜた絵具では大きく色の出に差があります。含ませる空気や、色を塗る大胆さ、頭の中にある絵画の科学図と言えばよいのでしょうか、それが全て先生の中にはあるのだろうと思います。
話が逸れましたが、先生の場合は描いている作品に近い色を見、探し、なければ作るという方法をとることが多いのです。
先生からお使いを頼まれた青年はラベンダー畑に使うであろう“紫色”の絵具と“黄緑色の絵具”と空を彩る“空色の絵具”、これらの三色を買ってきました。
「少ねェ」
買い物結果を見た先生の一言はこれでした。
私は先生が仕事を終えると絵具の量を必ず確認することにしています。そうしてどの絵具が少ないのか確認し、日誌に記録し、補充するのです。アシスタント見習いの彼にも伝えていたと思うのですが、初めての補充だったため確認を忘れてしまったのでしょう。これは彼が出かける前にしっかりと声を掛けなかった私の責任でもありました。
先生の腕であったらこの三色でなんとかなると言ってしまえば何とかなりますが、濃い色が全くないというのも絵の立体感を欠くし、先生が素描したラベンダー畑には遠近が必要で、構図を考えても濃淡が無ければのっぺりとした印象になってしまうだろうと想像付きました。それでも先生はその三色の絵具で仕上げて見せたのが『紫(2018年)』なのです。
この青年がアシスタントを辞めることになったのは、絵具問題を繰り返したことが理由の一つにありました。今度は細かくメモを取らせ、正式な絵具番号も伝えたのですが、買い集めて来る力の無さが見られた為でした。
大型の文具店等にひしめく画材を探し当てる力というのは慣れと、その店に無ければ次の店に行くという根気も必要で、彼はその辺りの忍耐力に欠けたことが原因でしょうか。のびのびと絵を描いてもらう為の準備も私の様なアシスタントの仕事なのです。
のびのびと、で思い出したことがあるのですが、時折にして先生に贈り物を下さるファンの方がいらっしゃいます。よくお受けする質問が「先生は何が好みなのですか?」という問いです。
先生は基本的に何でも食べます。煙草、葉巻、パイプ等、煙が出るものは麻布や紙に臭い付くため日常的に吸いません。ただ、モチーフとして使うことはあります。最近は健康問題のため、酒を控えるようになりました。
コーヒーか紅茶かで申せば“コーヒー派”であると思います。コーヒーが好きなのでは無く、紅茶は茶葉を洗うのが面倒なため、私が好まないのです。コーヒーが好きと言うよりも「コーヒーを淹れる回数が多い」というのが正確です。
一番先生が喜ぶのはジャンル問わず、何らかのレコードかもしれません。レコードの盤面に針が落ちる瞬間に、独特の音の飛びが好きなのだそうです。
そうですね、先生が日常的に使うものはやはり絵具なのかもしれません。これは純粋に私の仕事が減って助かります。
油絵具でお願い致したいのですが、気が向けば水彩もアクリルも、木炭で絵を描くこともあります。私の仕事が楽になるので、よろしくお願い致します。
2019/08/28
↑戻る